今最も注目されているトピックのひとつが、エンタープライズAIのブームと、それがより少ないリソースで飛躍的にビジネス成果を高める可能性です。そして、この仮説には十分な根拠があります。ある調査によると、2030年までにAIのゴールドラッシュが世界経済に15兆ドル超の経済的効果をもたらすと予測されています。
しかし、企業がこれほど大きな価値を手に入れるには、ITリーダーが組織全体でAIを統合する方法を見い出す必要があります。これには、プロセスへのAIの組み込みや、それをサポートする強力なデータ管理戦略などがあります。これらを実施して初めて、企業におけるAIの価値が最大限に発揮されるのです。
この記事では、ITリーダーがエンタープライズAI戦略を円滑にスタートさせるためのインサイトをご紹介します。また事例やAIへの投資効果を高めるためのヒント、ビジネスでAIを活用する際の考慮点や注意点もあわせて解説します。
エンタープライズAIとは、企業全体のユースケースを解決するために人工知能を活用したり、機械学習(ML)や自然言語処理(NLP)などの関連技術を応用したりすることです。消費者向けのAIツールとは異なり、エンタープライズAIソリューションは複雑なビジネスニーズを抱える大規模組織に合わせて設計されています。
組織はエンタープライズAIを活用して、業務の効率化、インサイトの獲得、業務上の無駄や負担を軽減し、コアの業務プロセスを変革することができます。
企業はなぜ、AIに投資する必要があるのでしょうか。それは、ここに投資しなければ後れを取ってしまうからです。
AIは既に従業員の働き方を変え始めており、その変化は今後もしばらく続くと考えられます。KMPG LLP社プリンシパルのTodd Lohr氏は、次のように述べています。
【AI】は、あらゆる業界のあらゆる業務を変えます。人が働くあらゆる場所で、AIは業務を支援し、これまでしてきた業務内容を変え、人の役割にも変化をもたらします。
Amazon Web Services社のフィールドCTO兼プリンシパルソリューションアーキテクトのPiyush Bothra氏によれば、製品戦略やビジネス戦略の一環として機械学習やAIを導入している企業では、既に売上と収益の両面で成長が見られています。Bothra氏は次のように述べています。
【機械学習やAIを導入している企業】は、そうでない企業に比べて、自らを有利な成長路線に位置付けています。この差は今後数年でさらに開いていくでしょう。市場の勢力図が大きく変わる可能性があります。もし大多数の企業がAIの検討を始めなければ、主導権を握るのはごく一部の企業に限られるかもしれません。
AIを効果的に導入できなければ、目先の業務遂行能力に差が出るだけでなく、長期的な戦略の実行可能性にも支障をきたします。エンタープライズAIの導入が遅れた企業は、市場で存在感を失うリスクがあります。
AIが企業にとって非常に革新的である理由のひとつは、業務プロセスレベルで働き方を変える点にあります。
AIは業務を飛躍的に効率化し、これまでの自動化によるプロセス最適化の能力をさらに強化します。企業がAIをワークフローに取り入れることで、従業員はさらに多くの業務をテクノロジーに委ねることができ、その時間をイノベーションの推進や顧客体験の優先、高付加価値業務への注力に割けるようになります。AIとプロセスオートメーションを連携させて以下のワークフローを改善する具体例をご覧ください。
これらのビジネス向けAI強化は、あらゆる業界のワークフローを改善することができます。
ビジネス向けAIや、今日の業務運営を変革しているエンタープライズAIの応用に関するユースケースをご紹介します。
カスタマーコミュニケーションが扱うデータ量が膨大なため、AIの導入候補としてカスタマーサポート分野での応用が注目されています。これらのユースケースでAIを活用すると、自然言語処理により顧客の感情を理解すること、高速なAI翻訳で内容を適切に伝えたり理解したりすること、文書抽出機能を活用して顧客契約書の確認や監査を行うことが容易になります。
たとえば、グローバルカスタマーサポートセンターの管理を目的としてアプリケーションを構築したとします。世界中からさまざまな言語でサポートチケットが届く中、サポートエンジニアはこれらを迅速に解決するため、顧客の問題をすばやく理解しなければなりません。解決に時間がかかったり顧客の問題を誤解釈したりしないよう、AIを統合することで以下のことが実現します。
請求書や発注書の処理は、どんな業種でも欠かせない業務です。組織の拡大に伴い、手作業による請求書や発注書の処理が、他のワークフローにとって急速にボトルネックとなる可能性があります。たとえば、現在の請求・発注用アプリケーションが急速に成長する経理・購買部門をサポートしているとします。従業員数は限られているため、彼らは毎日請求書と発注書の処理に多大な時間を費やしており、その負担は増え続けています。
そこで、既存のワークフローに文書抽出のAIスキルを組み込むと、従業員の負担を軽減し、繰り返しの作業から解放して、より有意義な業務に専念できる環境を実現します。発注書や請求書は、自動文書抽出に適した文書の一種です。値に対して明確にラベル付けされた半構造化データが含まれているため、キーと値の組み合わせを容易に抽出することができます。
金融サービス業界では、リスクマネジメントが欠かせません。しかしながら、多くの金融機関では、ワークフローのデジタル化を行わずに機密性の高い紙の財務書類や伝票を手作業で処理しているため、ミスが起きやすく非効率なプロセスとなっています。より優れたアプローチは、文書抽出機能やその他の自動化機能を備えた、AIプロセスオートメーション・プラットフォームを採用することです。文書抽出機能を最適化するため、以下を提供するソリューションを優先して採用します。
サプライマネジメントに特化する企業では、監査や保管のプロセスが必要な請求書を毎日数多く受け取っています。請求書はどれも同じ形式で、識別しやすい項目で構成されているため、各項目からのデータの抽出と結果の保存を、AIを活用したロボットに任せることができます(Robotic Process Automation(RPA)の動向に関する詳細はこちらをご覧ください)。
また、文書を分類し、そこから自動的にデータを抽出するようなプロセスを設計することも可能です。データベースに保存する前にデータが正しく抽出されていることを確認したい場合は、人間によるAI作業の検証を取り入れることで、品質管理と人的な監視体制を強化することができます。
さらに、文書抽出のユースケースは他にも多く存在します。文書内のデータを人が監査・確認・整理する必要があるあらゆる用途に対しても、このプロセスを適用することができます。文書抽出では項目に着目するため、請求書、記録、申込書などの書類を扱う際には、こうした機能の活用を検討してみてください。
次に、保険業界のユースケースについてご紹介します。たとえば、ある請求管理アプリケーションでは、1日に数百件もの保険金請求が届くとします。データ量が膨大なためにチームに負担がかかると、処理が遅れ、的確でない意思決定が行われるリスクが高まります。これは、AIによる保険業務の改善が可能なシナリオです。以下に、この仕組みの一例をご紹介します。
大手法律事務所では、集団訴訟の案件データを管理する必要があります。1つの案件に数千名の原告が関わることもあるため、原告の共通点を探し出すのには非常に時間がかかります。たとえば、集団訴訟において法務書記官が、アパートの建設に使用された材料が原因で呼吸疾患を訴える原告の人数を、手作業で調査するとします。
ITチームはこのユースケースをサポートするため、Appianのレコードチャット・コンポーネントのようなAI搭載ツールを組み込んだ、エンタープライズAIアプリケーションを構築することができます。これにより法務書記官は、プロンプトを作成しなくても、自然言語処理を利用して関連レコードを検索できるようになります。さらに、Appianのこのコンポーネントには、レコードデータに基づく質問に回答できるAIが組み込まれています。そのため、案件レコードの内容に即した質問をすると、Appianが関連レコード内を検索して迅速に回答を導き出します。
AIは、プロセスオートメーションに多大な影響をもたらす可能性を秘めています。ただしそれを実現するには、大規模な組織がこの技術をデジタルワークフローにうまく組み込む必要があります。しかし、従来の開発者ツールでは不十分です。というのも、これらが多くのリソースを必要とし、複雑なビジネスプロセスを非常に深く理解することが求められるため、大多数の人にとっては現実的ではないからです。
ハイパーオートメーションは、包括的で取り組みやすいアプローチを提供します。AI、機械学習、Robotic Process Automationを組み合わせることで、プロセスの専門知識がなくても、企業がよりアジャイルで効率的、かつ柔軟に対応できるよう支援します。
高度なハイパーオートメーションプラットフォームは、エンドツーエンドのプロセスオートメーションに生成AIとローコード開発機能を統合し、以下のような生産性を高めるAI機能を幅広く提供します。
高度なプラットフォームは、ローコード設計ツールに対してもAIをシームレスに統合します。これによりユーザーは、数回のクリックでPDFから直接インターフェイスを構築したり、PDFの内容に応じてフォームの指示を生成したりといったことができるようになります。
生成AIも、迅速なワークフロー生成のあり方を大きく変化させています。たとえば、Robotic Process Automation、ビジネスルール、データファブリックなどのプラットフォームで、既存のビジネス・プロセス・オートメーション技術を活用し、一連のタスクを実行するワークフローをAIに構築させることが想像できます。あるいは、自然言語でAIアシスタントにクエリを入力するだけで、組織内の全ユーザーが即座に分析結果にアクセスできるようになることが想像できます。
このような機能や類似の技術が市場に登場すると、組織の生産性はこれまでとは異なる形で変化し始めるでしょう。
このような高度なオートメーションを通じて多くのAIのユースケースやツールを導入する際には、特に次の3つのポイントを意識してください。
AIプロセスオートメーションの取り組みを成功させるには、堅牢なデータ管理をしっかり確立することが重要です。なぜなら、あらゆるAI導入の効果は、それを支えるデータの質とアクセスのしやすさに、密接に関連しているためです。AI導入で成功しているケースでは、データに即時にアクセスできるようにするだけでなく、AI主導でプロセスオートメーションを簡単に利用できるようにすることも重視しています。
…あらゆるAIの課題の根幹は、データにあります。組織がどの程度準備できているかを検討するとき、大きく左右する要因は、データエコシステムの成熟度です。- Deloitte Consulting LLP社、マネージングディレクター、Brendan McElrone氏
このため、組織は従来のデータウェアハウスやデータレイクから、データファブリックのようなよりアジャイルなデータ管理戦略へと転換しつつあります。データファブリックとは、データを保存場所から移動させることなく、企業のあらゆるデータソースを繋ぐことができる仮想データレイヤーのことです。この技術により、組織はAIが変革を実現するために必要となるデータを供給することができます。
AI導入をサポートするデータ管理戦略を策定する際は、データプライバシーを最優先に考えます。公開されているデータセットで訓練されたAIモデル(自社所有のデータのみで訓練されたものとは異なる)を利用する際のリスクを認識することが重要です。たとえば、ChatGPTのような大規模言語モデルは、ユーザーから入力されたデータを公開モデルに取り込む仕組みになっているため、従業員がAIと十分にやり取りできる範囲や、AIに提供できる情報が制限されます(詳しくは「パブリックAIとプライベートAIの比較」をご覧ください)。
自社のデータが自社のクラウド環境に留まり管理下にあるような、完全なプライベートAIソリューションを検討してください。プライベートAIモデルは、組織のデータのみを用いて専属的に訓練されます。これにより、得られた知見が組織内にとどまり、他社にデータを活用されるのを防ぐことができます。
業務要件に応じて、さまざまな処理にAIを活用することができます。ファイルのレビュー、重要なデータポイントの抽出、顧客とのやり取りの監視、契約書の手書き情報の収集やデジタル化などが挙げられますが、これらはごく一部に過ぎません。どのような状況でも、先にツールに投資してからユースケースを考えるのではなく、まずはAIが改善・解決できる課題から着手しましょう。
業績が好調な組織は、ビジネス戦略を堅持しつつ、AIを成長の加速器として活用しています。- KPMG LLP社、プリンシパル、Todd Lohr氏
結論としては:AIは企業の競争優位性を後押しするツールとなり得ますが、それを実現できるのはAI導入の難題を乗り越えた組織に限られます。AIの価値を組織全体で発揮させるには、プロセスやデータの強固な基盤による支援が必要です。